「頑張れ」と言われるほど動けなくなった|メンタル不調とプレッシャーの話

障害×仕事×お金×生存

メンタルを崩してから、不思議だったことがある。

それは、

「頑張れ」

と言われるほど、逆に動けなくなることだった。

昔の自分なら、「頑張れ」は前向きな言葉だった。

努力。

根性。

継続。

そういう価値観で生きてきたからだ。

でも、限界を超えた状態では、その言葉がかなり重かった。

今回は、「頑張れがつらい」「期待されると動けない」という感覚について、実体験ベースで書いてみたい。

昔は「期待に応えなきゃ」で動いていた

自分は長い間、「ちゃんとやらなきゃ」という感覚で生きていた。

  • 周囲の期待
  • 学歴へのプレッシャー
  • 社会人としての常識
  • 「普通に働け」という空気

そういうものを背負いながら動いていた。

だから、「頑張れ」と言われると、「もっとやらなきゃ」と思っていた。

無理をしてでも動く。

限界まで耐える。

それが正しいと思っていた。

でも、壊れた後は「頑張れ」が恐怖になった

メンタルを崩してからは違った。

「頑張れ」

と言われるたびに、

  • また無理しなきゃいけない
  • 期待に応えられなかったらどうしよう
  • 普通にできない自分はダメなんだ

そんな感覚になった。

特に苦しかったのは、「自分でも頑張りたいと思っている」ことだった。

怠けたいわけじゃない。

戻りたい気持ちはある。

でも、体も頭もついてこない。

そこがかなり苦しかった。

検索すると「頑張れがつらい」はかなり多い

実際、

  • 「頑張れ 言われたくない」
  • 「応援されると苦しい」
  • 「期待されると動けない」

こういう検索はかなり多い。

つまり、「励まし」が逆につらくなる人は少なくない。

でも外から見ると、理解されにくい。

「応援してるだけなのに」

と思われやすい。

もちろん、悪気がないことも多い。

ただ、限界状態だと、“期待”そのものがプレッシャーになることがある。

一番きつかったのは「昔できていた」こと

自分の場合、昔はそれなりに頑張れていた。

勉強もした。

大学にも行った。

だから余計に、

「昔できたんだから今もやれ」

という感覚が自分の中に残っていた。

でも実際には、状態が変わっていた。

睡眠。

ストレス耐性。

疲労回復。

全部落ちていた。

なのに、自分だけが昔の基準で自分を責め続けていた。

A型で感じた「頑張りすぎる人ほど危ない」

就労継続支援A型に通って感じたのは、「真面目な人ほど崩れやすい」ということだった。

例えば、

  • 頼まれると断れない
  • 無理して笑う
  • 限界まで耐える
  • 迷惑をかけたくない

こういう人。

そして、そういう人ほど突然動けなくなることがあった。

自分もかなり近かったと思う。

逆に、「今日は無理です」と言える人のほうが長く安定していることも多かった。

ここはかなり現実的な部分だと思う。

「もっと頑張れ」より必要だったもの

昔の自分に必要だったのは、

「もっと頑張れ」

ではなかった。

むしろ、

  • 少し休め
  • 無理しすぎるな
  • 崩れる前に止まれ

こっちだったと思う。

でも当時は、「休む=逃げ」だと思っていた。

だから止まれなかった。

結果として、かなり遠回りした。

今は「頑張り続けない」を意識している

最近は、「常に全力」をやめるようになった。

例えば、

  • 少し余力を残す
  • 調子が悪い日は減らす
  • 崩れる前に止める
  • 完全停止を防ぐ

こういうこと。

昔は、「全力で走り続ける人」が強いと思っていた。

でも、自分には無理だった。

特にメンタル不調があると、“無理できること”自体が危険になることもある。

だから最近は、「壊れないペース」のほうを重視している。

「頑張れ」が苦しい人は、もう十分頑張っているのかもしれない

昔の自分は、「まだ努力が足りない」と思っていた。

でも今振り返ると、むしろ頑張りすぎていた。

だから、「頑張れ」が苦しい人は、すでに限界近くまで耐えている場合もあると思う。

もちろん、努力そのものが悪いわけではない。

ただ、“壊れるまで頑張る”のは違った。

少なくとも、自分にはそうだった。

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