昔の自分は、「普通にならなきゃいけない」とずっと思っていた。
ちゃんと働いて、ちゃんと朝起きて、ちゃんと人付き合いして、ちゃんと安定した人生を送る。
それができない自分は、どこか“失敗作”なんだと思っていた。
周りは一流企業に進んでいった
大学時代、周囲には優秀な人が多かった。
卒業後は、大手企業や有名企業に就職していく人も多かった。
SNSを見れば、
- 昇進
- 結婚
- タワマン
- 海外赴任
- 年収
そんな言葉が自然に流れてくる。
一方、自分は長いうつで何度も調子を崩し、社会復帰もうまくいかなかった。
気づけば、就労継続支援A型で月9万円。
同じ大学を出たはずなのに、人生がまるで別ルートになっていた。
正直、かなり苦しかった。
能力があっても、社会で噛み合わないことはある
学生時代は、勉強はそれなりにできた。
社会科や政治経済は得意だったし、本を読むのも好きだった。
でも、社会に出ると、それだけではどうにもならなかった。
決まった時間に毎日動くこと。
空気を読み続けること。
常に安定したパフォーマンスを出すこと。
こういう「社会の普通」が、自分には思った以上に難しかった。
最初は気合いでなんとかしようとしていた。
でも無理を続けるたびに、調子を崩して、また戻れなくなる。
その繰り返しだった。
「努力不足」という言葉が一番きつかった
苦しかったのは、うまくいかない理由を全部「努力不足」で片付けられることだった。
もちろん、努力が必要なのはわかる。
でも、同じ努力をしても、ダメージの受け方が違う人はいる。
普通に働くだけで、心が削れていく人もいる。
自分は、たぶんそっち側だった。
だから、「もっと頑張れ」が積み重なるほど、逆に動けなくなっていった。
A型で働いて見えた現実
就労継続支援A型でも働いた。
月収は9万円くらい。
正直、裕福とは言えない。
でも、「とにかく一般就労しろ」と言われ続けていた頃よりは、少しだけ呼吸ができた。
一方で、
「このままでいいのか」
という不安も常にあった。
年齢。
将来。
お金。
そして、周囲との比較。
同級生たちが社会のレールを進んでいくほど、自分だけ取り残されている感覚が強くなった。
それでも、少しずつ考え方が変わった
最近ようやく思う。
無理に“普通”を目指し続けなくてもいいんじゃないか、と。
もちろん、お金は必要だし、生活もしなきゃいけない。
でも、自分を壊しながら合わせ続けると、結局もっと動けなくなる。
だから今は、
「自分に合う形を探す」
ことを優先している。
ブログもその一つ。
最初から成功するとは思っていない。
でも、自分の考えや経験を、少しずつ積み上げてみようと思った。
昔の自分は、「普通」になろうとしていた
でも今は、
「壊れずに生き続ける方法」
を探している。
たぶん、自分みたいな人は少なくないと思う。
能力がないわけじゃない。
怠けているわけでもない。
ただ、「社会の標準設定」と噛み合わなかった。
それだけの人。
もし今、
「普通になれない自分はダメなんじゃないか」
と思っている人がいるなら、
まずは、自分を壊さずに済む場所ややり方を探してほしい。
人生は、意外とそこから少しずつ動き始めることがある。


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