「能力はあった。でも社会で噛み合わなかった」という感覚

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学生時代、自分は「将来なんとかなる側の人間」だと思っていた。

勉強はそれなりにできた。

社会科や政治経済は得意だったし、本を読むのも好きだった。

周囲にも優秀な人が多く、自然と「ちゃんとした人生」が待っている気がしていた。

でも、現実は違った。

周りは前に進んでいった

大学を卒業すると、周囲は一流企業へ進んでいった。

有名企業。

大手メーカー。

金融。

IT。

みんな普通に就職して、普通に働いていた。

SNSを見ると、

  • 昇進
  • 結婚
  • マイホーム
  • 出世
  • 海外出張

そんな言葉が並んでいた。

一方、自分は何度も調子を崩し、社会から離脱していた。

同じ大学を出たのに、人生の景色が全然違っていた。

「能力」と「社会適応」は別だった

昔は、

「勉強ができれば社会でもうまくいく」

と思っていた。

でも実際は違った。

社会では、

  • 毎日安定して動ける
  • 空気を読める
  • 人間関係を維持できる
  • 長時間働ける
  • ストレスに耐えられる

みたいな能力が必要だった。

自分はそこがうまく噛み合わなかった。

最初は気合いでなんとかしようとした。

でも無理をすると、あとで大きく崩れた。

その繰り返しだった。

「なんで自分だけこうなるんだろう」と思っていた

正直、かなり苦しかった。

周囲は普通に社会へ適応しているのに、自分だけ何度も止まってしまう。

「怠けているだけでは?」

「甘えているだけでは?」

そう考えたこともある。

でも、無理を重ねるほど、本当に動けなくなっていった。

だから最近は、

「能力がない」

というより、

「社会との噛み合わせが悪かった」

部分も大きかったんじゃないかと思っている。

A型で働きながら考えたこと

今は就労継続支援A型を経て、生活を立て直そうとしている。

月収9万円。

世間的に見れば厳しい数字だと思う。

同級生との差を感じない日はない。

でも、それでも以前より少しだけ、自分を責めすぎなくなった。

昔は、

「普通のレールに戻らなきゃ」

と思い続けていた。

でも今は、

「自分でも続けられる形を探す」

方が大事だと思っている。

途中で外れた人間にも、人生は続いていく

昔 imaginedしていた人生とはかなり違う。

でも、それでも人生は終わっていない。

むしろ、一度レールから外れたからこそ見えるものもある。

最近は、ブログを書いたり、自分なりに働き方を探したりしている。

まだ途中。

全然完成していない。

でも、「もう終わりだ」と思っていた頃よりは、少しだけ前を向けている。

もし今、

「能力はあったはずなのに、社会でうまくいかなかった」

と感じている人がいるなら、

それは単純に“価値がない”という話ではないと思う。

社会と、自分の特性が噛み合わないことは、本当にある。

その中で、自分が壊れない形を探していくしかないんだと思う。

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