「働けるのに働けない」が一番つらかった|怠けとの違いを説明できなかった話

障害×仕事×お金×生存

「完全に動けないわけじゃない」

これが逆につらい時期があった。

たまに動ける。

調子がいい日は外出もできる。

ブログを書ける日もある。

でも、それを毎日続けようとすると崩れる。

この状態は、周囲にも説明しづらい。

ネットでも、

  • 「働けるのに働かない」
  • 「甘えでは?」
  • 「怠けとの違いが分からない」

と言われやすい。

実際、自分自身もかなり長い間、「これは怠けなんじゃないか」と悩み続けていた。

今回は、「働けるのに働けない」という状態について、実際に経験した側から書いてみたい。

一番苦しかったのは「完全に無理」ではなかったこと

例えば、骨折して歩けないなら分かりやすい。

でもメンタル不調は、動ける日と動けない日の差が大きい。

自分の場合も、

  • 数日だけ調子が戻る
  • 少し頑張れる
  • 「このまま行けるかも」と思う

ここまでは行く。

でも、その後に反動が来る。

睡眠が崩れる。

疲労が抜けない。

頭が止まる。

外に出られなくなる。

これを何度も繰り返した。

だから、「できる時がある」のが逆に厄介だった。

周囲から見ると、「やればできる人」に見えるからだ。

「働ける日がある=働ける」ではなかった

ここは検索ニーズでもかなり多い部分だと思う。

実際、

  • 「働ける日もある ニート」
  • 「調子に波がある 仕事できない」
  • 「短期間なら頑張れる」

こういう検索はかなりある。

でも、世の中では「たまにできるなら毎日できるでしょ」と見られやすい。

自分も昔はそう思っていた。

だから、無理して働いては崩れるを繰り返した。

問題は、“瞬間的にできるか”ではなく、“継続できるか”だった。

これはかなり違う。

短距離走なら走れても、毎日フルマラソンは無理、みたいな感覚に近い。

「甘えだ」と自分で自分を追い込んでいた

一番厄介だったのは、周囲より自分自身だった。

自分で自分に、

  • 気合いが足りない
  • 根性がない
  • もっと頑張れるはず

と言い続けていた。

特に、昔それなりに勉強や仕事を頑張れていた経験があると、「昔できたんだから今もできるはず」と考えてしまう。

でも現実には、状態が変わっていた。

無理が積み重なって、以前と同じ戦い方ができなくなっていた。

そこを認めるまでかなり時間がかかった。

A型で見えた「働けない人」ではなく「壊れやすい人」

就労継続支援A型に行って感じたのは、「完全に働けない人」ばかりではないということだった。

むしろ、

  • 真面目すぎる
  • 無理してしまう
  • 頑張りすぎる
  • 限界まで耐える

こういう人が多かった。

だから、「サボりたい人の集まり」というイメージはかなり違った。

もちろん人それぞれだ。

ただ少なくとも、自分が見た範囲では、“壊れながら何とか生き延びている人”が多かった。

ここは、外から見ているだけでは分からなかった部分だと思う。

「毎日同じように働ける人」は実はかなり強い

昔は、「毎日働くのは普通」と思っていた。

でも、自分が崩れてから分かった。

毎日、

  • 決まった時間に起きる
  • 体調を維持する
  • 人間関係をこなす
  • 継続して働く

これって、実はかなり高度なことだった。

特にメンタル不調や障害が絡むと、難易度が一気に上がる。

なのに、自分は「普通にできて当たり前」と思い込んでいた。

だから苦しかった。

今は「続けられる量」を重視するようになった

最近は、「限界まで頑張る」より、「続けられる量」を意識するようになった。

例えば、

  • 少しだけ作業する
  • 崩れる前に止める
  • 波がある前提で予定を組む
  • 回復時間を削らない

こういう方向に変わってきた。

昔は、「全力でやれないなら意味がない」と思っていた。

でも、その考え方だと長期的に壊れやすかった。

だから今は、「細く長く残る」ことを優先している。

「働けるのに働けない」は、かなり説明が難しい

この状態は、本当に説明が難しい。

外から見ると、

  • 元気そうに見える日もある
  • 趣味はできる
  • スマホも見ている

だから、「働けるじゃん」と見られやすい。

でも実際には、“生活を維持しながら継続して働く”という部分で崩れてしまう。

自分も長い間、それをうまく説明できなかった。

だからこそ、「怠け」と「不調」の区別で苦しむ人はかなり多いと思う。

少なくとも、自分はそうだった。

コメント

タイトルとURLをコピーしました