働けなくなってから、一番きつかったのは「暇」ではなかった。
むしろ逆だった。
何もしていないように見える時間に、ずっと消耗していた。
家にいるのに休めていなかった
外で働いていないと、
「家で休めていいよね」
と思われやすい。
でも実際は、かなり違った。
自分の場合、家にいても頭の中はずっと動いていた。
- 将来どうするのか
- お金は大丈夫なのか
- 社会復帰できるのか
- このまま終わるのか
こういう不安がずっと流れている。
だから、横になっていても休まらない。
動画を見ていても、ゲームをしていても、どこかで焦っている。
「何かやらなきゃ」
が消えない。
「働けていない自分」が常に頭にある
精神的に不調になる前は、もっと単純だった。
働く。
疲れる。
休む。
でも崩れてからは、
「休む」
に罪悪感が混ざるようになった。
特にネットを見ると苦しかった。
同年代が、
- 出世
- 結婚
- 投資
- マイホーム
- キャリアアップ
みたいな話をしている。
その中で、自分はA型で月9万円前後。
かなり落差を感じた。
だから、何もしていない時間も、実際にはずっと「比較」で消耗していた。
A型で感じた「ギリギリで回っている感覚」
就労継続支援A型に通っていた時、思ったことがある。
みんな、かなりギリギリで生活している。
外から見ると、
「軽作業している場所」
に見えるかもしれない。
でも実際には、
- 睡眠が不安定
- 通所だけで疲れる
- 人間関係で削られる
- 明日来られるかわからない
みたいな人も少なくなかった。
だから、「働いていない=楽」ではなかった。
むしろ、
「壊れないギリギリを維持している」
感覚に近かった。
「ちゃんとしなきゃ」が自分を削っていた
昔の自分は、
「早く普通に戻らなきゃ」
をずっと考えていた。
だから、
- 朝型に戻そうとする
- 無理に予定を入れる
- 頑張って動く
- 他人と比較する
を繰り返していた。
でも、それをやるほど崩れた。
結局、自分に必要だったのは、
「普通の人になる努力」
より、
「壊れない調整」
の方だった。
ブログだけは、少し違った
ブログを書いていてよかったと思うのは、
「止まりながらでも続けられる」
ところだった。
普通の仕事だと、
- 毎日
- 同じ時間
- 安定して動く
が求められる。
でもブログは、
今日は1000文字。
今日はタイトルだけ。
今日はメモだけ。
でも、一応前に進む。
これはかなり大きかった。
「何もしていない期間」にも意味はあった
昔は、
「止まった時点で終わり」
と思っていた。
でも今は少し違う。
動けなかった時期に、
- 社会への違和感
- 働き方の限界
- 障害とお金の問題
- 続けられない苦しさ
をかなり考えた。
そして、その経験を書いた記事の方が読まれることもあった。
ネットでは、「強い人」の話が目立つ。
でも実際には、
「止まりながら生きている人」
もかなりいる。
自分は、そういう側の現実も残していきたいと思っている。


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